足利の赤レンガ

写真は足利市福居駅側にある旧明治紡績(現トチセン)工場の赤レンガ棟



赤レンガの東京駅、赤レンガの法務省、赤レンガの富岡製糸工場、いずれもここ十年あまりの間に文化財としての保存が話題となった建物であるが、なんとか命脈を保った。赤レンガの建物は、日本では明治から大正の近代建物に多い。文明開化や近代化時はたくさんの赤レンガの建物が並んだ。近代化の遺産として大切な建物という視点のほかに、赤レンガの建物には暖かいぬくもり、郷愁を感ずる。また、赤レンガ一つ一つには焼き上げた、そして積み上げた職人の匂いが残る。

 足利では明治期に助戸村から東の渡良瀬川の北岸地域の村々に、何軒ものレンガ屋があり、製造のほか場合によっては建設工事まで行っていた。足利のレンガは、明治期、日本鉄道や両毛鉄道の鉄橋の橋脚によく使われていたと聞いている。大正期、繊維産業が大きく発展し、足利にも大型工場が作られると、レンガは盛んに用いられた。足利紡績株式会社(八幡町)、明治紡績株式会社(福居町)は、その代表例である。
★★

 この足紡工場は最終的には戦後しばらくたって、東京繊維株式会社足利工場として、毛の紡績工場として用いられてきた。しかし、会社は平成の時代に入って経営不振となり、工場と敷地を売却した。現在日本に残る有数のレンガ造りの大型工場であるが、東京の不動産業者の所有となり、破却の危機に瀕している。見事なレンガ造り工場は東武鉄道野州山辺の高架駅から見下ろすと、大変美しい。
★★★

 明紡工場も戦後最終的には織物の染色整理工場となった。今も株式会社トチセンの工場として現役である。東武鉄道福居駅から見ると、一部破却されているものの周囲に太平洋戦争時代の迷彩を施したレンガ造り工場は、近代の歴史を感じさせる。


以上参考文献は随想社発刊「新編足利浪漫紀行」著者/日下部高明・菊地卓氏を
参考にさせていただきました。

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旧足利紡績工場跡  旧明治紡績工場跡  足利模範工場跡


足利市八幡町にある旧足利紡績工場
(前東京繊維工業(株)足利工場)

東武伊勢崎線-野州山辺駅の
高架ホームから見た工場跡
は、ほぼ形を保全