人類は1945年まで核兵器を持たずに生きてきた。
わずか半世紀の間に、地球を何度でも死滅させられる分の核を
ひとにぎり国だけで作り上げてしまった。

その大量の核兵器が今、私たちを、
私たちの子ども達の未来を
冷たく見つめている。

いまこそひとりひとりがNOと言うときが来た。
私たちの未来に暗黒の世界を創らないために。

message member

graphic designer 三村耕平/kouhei mimura
designer 天沼治之/haruyuki amamuma

 

最近のひとりごと_What`s NEW(2002.12.23)

★★北朝鮮人民共和国の硬直におもうこと
 12月22日北朝鮮人民共和国は国際的な支援のひとつである国際原子力機関(IAEA)の同国への監視システムを排除した。監視のためのカメラにカバーを掛けてIAEAへの査察を拒絶し、事実上の核施設の再稼働を開始したと発表した。また、同日の朝鮮労働党の論評ではアメリカへの敵対心が露骨に表されており、完全に“敵国”と見なしている。
 私は、23日の朝の読売新聞のこの記事を読んでこの国へのわずかな思いを失った。『敵(アメリカ)が核兵器を使用するなら、われわれは地球を壊してみせる』....とはばからないのである。なんと傲慢な事か。しかも、人類すべてを敵としてみるかのような極めて幼稚でわがままな思考だ。いかにアメリカが強固な軍事力を背景にしているとはいえ専制的な核攻撃を行うとは思えないし、それをすればアメリカが国家として人類全体からそのリーダシップを失う事になる。アメリカ自体が自国だけでは生きて行けない事を理解しているし、そのような暴挙を独立から200余年あまりで世界のリーダーシップにならしめた良識ある国民が許すはずはない。
 この考えは私の私見だが、北朝鮮人民共和国は第二次世界大戦や太平洋戦争を経験した人類が50年以上も世界との協調や協力関係を築こうとしてきた時間を逆行して存在しているような気がしてならない。世界や他民族の情報を国民から遮断し、富国強兵が国民をうるおす手段との洗脳的な一元的な教育をはばからず、他国への義務や協調を果たすことなく自国のみの利益を求める。国民の教育や職能の自由を進めることなく未だに軍事独裁を行い、はては兵器や他国の機密情報を売り、国を運営しようとするおろかさ。
 我が国の政治家の誰かが“太平洋戦争前の日本と同じ様な国”だと言い放ったが、そうだろうか?太平等戦争時の日本の指導者が何を求めていたかの真は私には分からないが、『けんかをするなら買ってやる。そのかわりおまえの家(アメリカ合衆国)をぶっ壊すし、この社会(地球)にも火を付けてやるからな!』みたいな自暴自棄な考えを日本の戦時下の指導者が持っていたとは信じない。
 北朝鮮人民共和国の世界からの孤立と軍部の暴走による戦争への火種はもはや銘々白日だ。日本もすぐとなりの国の事として対岸の火事などと見過ごす事は、もはやできない。2000年以上もおなじ漢民族の血脈をわけ、累々と先人達が気づき上げてきた文化や交流を有す日本も中国や韓国と共に北朝鮮人民共和国の暴挙を何としてもくい止めなければならない。それにはアメリカだけに交渉をゆだねていてはダメではないか。外交へたの日本だが、何としてもここはその責任を果たさなければならない。アジアの同胞は日本の動きをみているのだ。 日本のこれまでの弱腰な外交を改め、超党派な政治力で国民の民意をエネルギーにまず中国をリードして韓国と連動して北朝鮮人民共和国の扉を開かなければならないと考える。そのためにもっとアジア諸国へ働きかけをすべきだ。『北朝鮮人民共和国にぶつかってゆくから力をしてくれ!と』
 北朝鮮人民共和国による拉致家族の解決も未だならないが、今は待っている時ではない。アメリカの先方ではない、日本独自のイニシアティブを発揮するのは今しかないと信じている。日本国内の構造不況や金融改革も重要だが、その前に国民の安全や地域情勢の安定が無くてはアジアの中の日本は生き残れないのだ。

 


 

最近のひとりごと_(2001.9.27)

★★アメリカ同時テロに思うこと
 9月11日(日本時間)に起こったニューヨークとワシントンでの同時多発テロはちょうど日本のニュースの時間とぶつかりリアルタイムで衝撃的な映像が飛び込んできました。大型旅客機が摩天楼の高層ビルに飛び込む瞬間が繰り返し放送され、それはまるで映画のワンシーンを見ているようでした。メディアやインフラが整備されたおかげでこのような映像が瞬時に世界中を駆けめぐるのです。多くの人がその映像を見て現実と虚空の間をさまよい、自分の身を置いて感じることはすぐに出来なかったのではないかと思います。それほどのショッキングな事件です。子どもたちの頭の中では完全にアクション映画のワンシーンと映ったことでしょう。メディアの進化はあらゆる情報を世界中で共有できることですが、同時に痛みや恐怖を遠ざけてはいないでしょうか?
 今回の事件を期に世界中で支援(報復ではありません)の輪が広がっています。アメリカ全土からのボランティアはもちろんですが、ヨーロッパやアジアからも支援物資や人材の投入が動いています。メディアとともに交通網も発達した現在、地球の裏側のことも隣の家の出来事になりつつあります。僕たちに必要なのは、今回の事件を地球の裏側の国の出来事と考えるのではなく、自分達の町の出来事と考えられるマクロ的な見識ではないでしょうか。日本もアメリカが唱える“報復行動”の支援として自衛隊の組織的行動で協力するとしています。国民の総意を見ることなくその準備が進んでいますが、アメリカやNATO諸国などと同じ舞台に立つだけの“国の決意””国民の決意”が出来ているでしょうか?アメリカと行動を共にするということは、テロ組織から見たら“同じ穴のむじな”に見えます。それはアメリカと同じテロを受ける危険を否定できない表舞台に立つことです。平和ボケしてしまった我々にこの危機感を肌身で感じることが今すぐ出来るのでしょうか。。。
 

 


反戦・反核のリンク

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